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教団時報
2022年05月15日
祖霊と共に 祖霊と共に新しき運命をいただく
* 新しき運命に生まれかわる
救世主様は、”救世主教は、日月地の神世創造の御賜命をいただいて、ここに誕生したのである。 日の働きと月の働きを結んで、地の賜命(土の力)をいただく神仰である”と、仰せられました。地の賜命とは、救世主教の本命である、現界で片がつけられていく土の御神業の事をいいます。 これを救世主様は、”時の御神業(神仰)によって古い運命を断ち切って、(祖霊と共に)新しき運命に生まれかわることである”と仰せられたのです。 新しき運命は、利他の想念による霊主の生き方をいいます。 新しき運命の扉を開けると、想念と言魂に神力うをいただいて、神が秘められた真相を視ることができます。

*神のみこころは光りとして視せられる
神のみこころは、愛と力の言魂をとおして移され、感謝と素直の想念を器にして写されて、光として視せられます。 救世殿にお鎮まりになる大光明主神の御神文字は、このことを表徴しています。神のみこころは、想念と言魂をとおして、その神秘を視らされます。 日月地祝詞や善言讃詞、それに御讃歌に秘められているみこころは、言魂で奉唱することによって霊智をいただけるのです。 救世主様は、”霊智をいただいて祖霊と共に救いにお使いし、祖霊と共に浄化を赦されていきなさい”と仰せられました。 想念と言魂と洗霊による救いは、霊界に積まれてきた体主の因縁を浄化して、そして解消していく、もっとも善い実践です。

*浄化は救われていく姿
言魂と洗霊の神業にお使いして救うものは、浄化によって霊体の因縁が救われていくのです。 霊界にあるものが限界に移され、体に写ってくる形が浄化です。 その形の ”片をつける” のが、想念と言魂と洗霊の御神業です。 浄化は片がつけられていく形であり、救われていく姿なのです。 救世主様は、”浄化は、感謝と歓びでいただくもの” と仰せられました。 祖霊は、わたしたちがみこころに添って生きていくことを願っています。 子孫の救いと浄化は、善き心言行となって、祖霊のもっとも歓びとするところとなります。 みこころに添って感謝と歓びで生きることは、浄化によって祖霊と共に救われていく、霊主体従の神性人間の姿ではありませんか。

*祖霊と共に
朝に夕に唱える日月地祝詞は、祖霊には救世主様のもとに赦されていく道しるべの光となり、結ばれていく絆となります。 善言讃詞は、祖霊にはあたたかい衣となり、おいしい食べものとなります。 祖霊は、わたしたち子孫の想念のなかに生きて、いつも良かれかしを念願しています。そして子孫の運命にみずからの念を託し、子孫の体をとおしてその実現を願っているのです。 神のみこころに応えられる想念と、その実践ができる心と言と行の一致の姿を、”神のみこころが成った姿”といえます。 神のみこころに成れば、祖霊と共に永遠の生命が自覚できるのです。

2022年05月07日
祖霊と共に
*唯物的では、目にみえることの他には、何も知らない人生となるのであり、この人間性に神の光を与えるのが、神の神仰である。 祖霊と共に、想念に神力を賜れば、子孫の賜命が自覚されてくるのである。
*祖霊と共に参拝して、奉唱する日月地祝詞と御讃歌にみこころを賜り、これが霊智ととなる。 霊智によって霊界と現界を視り、祖霊と共に救世の賜命を赦されて、永遠の生命を視るのである。

*神の言魂によって想念に真実が育成され、人を救うことで、祖霊と共に因縁が赦されていくのである。 神の使徒として人を救う子孫の神業に、祖霊には特別の神赦しが与えられるのである。
*神は、救うものを救われるのである。 救いで祖霊と共にかわれるのであれば、他に何をか求めん。 救いの想念をもって、”祖霊の念願は、私の生涯に叶えます”と念ずれば、かならず祖霊に通じるのである。

2022年04月23日
土の力をいただいて真実になる。
* 土の力をいただく時
縦と横、霊と体を結ぶイズノメの神言によって、” 限界において進められる土の力” の御神業が誕生しました。 救世主教の降臨された神は、正邪善悪を立て分け、新しき生命をくださり、真実の世界を創らんとされる救世の力(救世主)です。 救世の神である救世主を、救世主様と申しあげます。 救世主様は、土の力によって神の審判をされ、正邪善悪を正されます。土の力で生成化育をつかさどられ、浄化を与えられるのです。 土の力をいただいて、想念の転換し拡げて、霊性を高めていくのです。 土の賜命にお使いして、因縁が片がつけられることを実生していくのです。 救いは、神の言魂と洗霊にお使いし、現界の主形である土の力によってみせられるから、理屈は要りません。

* 土の力と真実
すべての存在と生命を抱いているのが、大地です。 大地は、土でつくられています。 土は、すべてをはぐくむ母の働きをします。 真実になるには、土の力をいただくことです。 人智による真実は、見せかけのものが多いものです。 神がお求めになるほんとうの真実は、霊智によるものです。 真実は、神界の真相が幽界の実相と成って、現界にその真相と実相が土の力によって写されたものです。 真実による日月地の世界を創造していくことが、土の力の御神業と御賜命ですから、真実にかわることが救世の御用にお使いいただく道です。 土の力である真実は、人に求めたり、他に期待したりするものでなく、みずからの想念の大地にいただく霊智で確かめるものです。

* 真実になることは神仰の目標
救世主様は、
” 己に真実とは、心に疚しいところがなく正直であること ”
” 人に真実とは、人には真心と誠実をもって接すること ”
” 事に真実でなければ、ほんとうの歓びは生まれこない ”
” 神に真実であれば、運命は自ずと明けて開かれていく ” と仰せられました。 真実がなければ、御賜命を果たすことができず、物事も成就しません。 真実がたりないと感謝ができず、よくない因縁が積まれていき、運命を開けてかえることはできません。 善い因縁を積んでいくには、真実の想念になることです。 人生において ” 生まれかわる ”とは、真実になることをいいます。

* 創造と結びと完成、 これが土の力
強い想いを、一般には信念といいます。 神仰では、このことを真実といいます。 信念や真実は生命に直結されるもので、それは想念となります。 想念、 これが生きる力となります。 救世主様は、 ” 七は土の力であり、完成を意味する言霊である。七すなわち土は、結びと創造の働きをする言魂である ”とお開かしくださっています。 土の力から、結びと創造と完成の力をいただく実践をしていきましょう。 救世主様は、感謝と素直による真実の想念に、みこころをくださいます。真実の想念で因難をのりこえたときに、ほんとうの歓びが与えられます。 強い信念で土の力、真実をいただくのが神仰の目標です。
2022年04月14日
月並祭 卯月
今月の月並祭です。 まず御聖言より。

*天の岩戸開き
神の示される大愛も心に断切れば「必ず」という言魂になる。
心→必→カナラズ→力とナラズ 愛と力の恩恵に感謝の真実が無くなれば生命の力とならず。
*4月のみこころ 岩戸ひらき
⚪︎開けて明かして明るくする。
⚪︎因縁解消であり、魂の向上です。
⚪︎救いの想念の扉をあけなさい。 開、明、空→安心立命
⚪︎御神業は、ある時にある処である人々が神のみこころを戴いて実践すること。

◎大祭 神祭訓話より。
⚪︎賜命の師表、活動の指標、重点目標。 ひとつひとつ確める一年に。
⚪︎人成は慶び 生命の目的ー霊性の向上、因縁の解消、日月地神世の創造。辛さ悲しみを克服。 浄化を克服するのが因縁解消。浄化を成長の糧とする。
⚪︎救世〜御賜命を確める。自分がいただいた賜命をしっかりと果たしていく事。
(社会・地域・人として) 御神力・・自分を守り、人を救っていく力もある。 いつも難しい内容を 分かりやすく説明して下さいます。 有難いことと感謝しています。
また来月が愉しみです。

2022年04月12日
土の力をいただく
*まず、真相があって、その次に実相が生まれてくる。 それから、真実となる。 霊的な創造の順序が、 神界、幽界、現界である。 これを大自然でいうならば、火と水と土である。
*人間には真相があって実相が生まれ、それから真実となっている。現界こそ、真実の世界である。 真実ほど、大事なものはない。 真実の前には善悪は別である。

*土の力を、しっかり視らねばならない。土の力は、真実の言魂にあたる。 土の力こそ、真実そのものなのである。 土の力である真実を、いただくことである。
*真実こそ、神仰の目標である。 神仰をするとは、真実の世界をそれぞれの想念界に確立していくことである。 土の力の真実にかわらねば、神に使っていただけないのである。

2022年04月10日
ついたち会 卯月
4月に入り新緑も鮮やかな暖かい日に、ついたち会が行われました。

今月も救世主様に結び、みこころをいただきました。そして月の誓いを立てます。毎月のことですが御賜命に仕えられることが喜びであり嬉しく思います。
「人成は慶び」より人成⇨ 人と成る。
人は霊止なり⇨霊魂が止まっているから霊止。
霊主体従⇨ 本霊を主とする。利他の心。
神業の目的
①霊性向上 (言魂と洗霊)
②因縁の解消
③日月地の神世の創造 因→ 私達がもって生まれた資質。

悪因は善果にしていく。想念次第。させられるのでなく自ずから神仰を求めることに力がつく。
縁→ 環境。努力と実践で岩戸は開く。 自分で磨く。
大きな救世主様のみこころ。大自然の法則(小宇宙) 神仰は継続です。小休憩をすることも大事です。ゆっくりでもいいから進んでいきましょう。

2022年03月28日
時と力を視る 時は言魂で、力は洗霊で視る
* 言魂に時を、洗霊に力を視る想念。
人は小宇宙、その生命は自然の縮図、といわれています。 自然の縮図である人の生命は、生きとし生けるすべてと共に、神のみこことのまえに生成され、そして化育されていきます。 わたしたちが、みこころのままに成ることで、救世主様の御想念である日月地の神世が実現するのです。救世主様は御昇天に際して、日月地の神世誕生を御宣言なさいました。そして、日月地の神世に導く力を授けられていることを、お明かしになられました。それが、想念であり言魂であり、そして洗霊です。ここに救世主教の神仰は、言魂と洗霊の御神業であり、想念と言魂の御神業である、といわれる理由があります。

* 時の力により御経綸は進められる。
救世主様は、”本霊の誕生が赦されて本命を賜れば、神に結ばれて自動操作がはじまる”と仰せられました。 神に結ばれての自動操作こそ、わたしたちがいただく「 救世賜命 」です。時の力により進められる御経綸・救世賜命にお使いできることは、即座に霊界の祖霊に通じます。 救世の御用が赦される感激と歓びは、祖霊と子孫一如の想念となるのです。想念の歓びは、わたしたちの生きる力となるのです。 時の御経綸にお使いして、神の愛と力を姿に、形に、そして結果にあらわしていくところに、わたしたちの御賜命があります。時によってみせられ、視らされることは、神の審判です。それは、神のみこころであって、神の救いです。

* 神は共に在りまた楽し
救世主教では、” 神仰する ” ことを強調します。これは、救世主様の ” いっさいは神と共に在り。神と共にの真実でなかったら、これは神仰にならない ”というお言魂によるものです。 そして、、” 吾、神と共に在り又楽し、神を仰ぎてみこころのままに仕えん ”の想念でいただく生命力を、” 新しき生命 ”と仰せられたのです。救世主様は、
” 今日一日の賜命をいただくこと ”
” 今日一日の生命をいただくこと ”
” 今日一日の大事を忘れないこと ” と仰せられました。

* 今日一日の結構
救世主様は、” 今日一日をおろそかにして、明日の力は生まれる由もない ”
” 新しき生命をいただくには、まず、一日の命を求めること ”
” 今日一日の結構に、感謝の想念でおくらせていただくこと ” と仰せられました。 今日一日の結構とは、一日の時にお赦しいただいた生命、新しき生命力に喜びと希望と光明をもって御賜命にお使いする姿をいいます。 今日一日の御賜命、今日一日の生命が、今日一日の結構であり、それが明日への力になりことを、わたしたちは視ることができました。
” 今日一日の生命力を求めること、ますそれが第一である。 ” これは、救世主様の御聖言です。

2022年03月21日
時と力を視る
* 人間世界は、小宇宙、という諺が明らかにされる時と力が誕生すれば、生命の霊体は神に化育されて、真の自由と平和による日月地の神世と成る。その時と力が、神の言魂と洗霊に見せられるのである。

*救世の本命を賜れば、神の力に結ばれ、自動操作が始まる。霊界の祖霊に通じて、共に救世の御用を赦されるのである。その感激は、祖霊と子孫の共の歓びとなるのである。この事実をしめすところに、神仰の実践がある。
*いっさいは神と共にある。信じて仰ぐのではなく、まず神を仰ぐのである。神仰は、神と共にある想念でなかったら、これは神仰にならないのである。

*今日一日の生命を、基本にしたらよい。今日一日ということであればよろしい。今日一日を怠ったりおろそかにしたりして、明日の力は生まれる理由もない。
2022年03月03日
なでしこ会 如月
末日になでしこ会がありました。

賜命者養成講座より
*救世主教も世の中も大峠。” 笛ふけども踊らず。” 問いかけても、相手が応じない。 賜命者はヤル気をもって、一本のろうそくの火を絶やさない為に新しいろうそくの灯りを・・・・・・・賜命に仕えていきましょう。
*99の神言を選んでいきましょう。 今の私が在るのは、この言魂 この言魂で救われた。 あなたが選ぶ言魂は・・・・
*体に出たものは、体のルールに従ってほしい。
*寒い日は暖かくして温かい物を食べて過ごして下さい。そして、それが出来ることに対して素直に感謝をしてほしい。

訓話を聞いた後は雛飾りでした。7段飾りは見事です。ひと月の飾りかと思いますが教会に来られた際は、是非ご覧ください。3月になると日中は暖かくなっていきます。もうしばらくは朝晩が寒いようなので皆さま体調に気をつけましょう。
追伸 手作りのいちご大福おいしかったです。

2022年02月26日
神律を視って、 霊性を高めていく。
前回からの続きです。
*結果で視る正邪の神理
あらゆる事象には、原因と経緯と結果があります。直接の力となる原因と間接の力である経緯によって、結果が生まれます。すべては、形にみせられていきます。 型に写された結果や姿によって、その原因の正邪を視ることができます。 想念に写る最終的結果によって審判されるのが、” 神の律法 ”です。想念は姿形をつくり、結果を生みだして、因縁と歴史をつくるのです。御聖言に、”人生の収支(終始)は想念にあって、この世は(自己のなせる)想念次第である ”と、いただく所以です。
生成化育は、神の御経綸であり、神律に従っています。想像されたものは成長発展して、賜命を果たせば、おのずと減せられていく姿が生成であり化育であり、神理なのです。

*生成化育の神理
しかし、この滅は亡びではなく、次への創造となります。 創造と破壊は、左進右退のリズムに統一され、縦と緯に結んでおこなわれる神の御経綸です。 すべてはは無(霊)から生まれ、成長して、時いたれば無(霊)と成ります。 霊は永遠であり、不滅です。 体は限りがあり、かならず消滅していくのです。 霊主体従になれば、想念は定まって、言動はこれに従っていきます。 霊主体従の法則に基づいて生活していけば、中心ができ調和が図られます。 神の御経綸の姿である左進右退のリズムが生じて、統一の力が生まれます。 神仰は、霊主体従の神律に従って光明と希望で” 新しき、そして善き因縁 ”をつくっていく歓びの実践なのです。
