救世主教の投稿

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その他の行事

2022年11月09日

皆既月食

令和4年11月8日はニュースでも報道されておりますが、日本中、皆既月食の話題で持ち切り。

月が真っ黒に見えなくなると思っておりましたが、私は、初めて目にしました。

  

  


2022年11月05日

本日のランチです。

明日が日月地大祭ですので、本日、11月5日土曜日は、奉仕の日です。全員参加ではありませんが、希望者で奉仕をしてます。 それぞれの役割があり、いろんなことを話しながら作業をしてます。 奉仕者全員が食べるわけではありませんですが、忙しい中、奉仕に来られるので、少しばかりではありますが、ランチを提供しております。 明日は、大祭、どんなランチか。

ちらし寿司でした。      


2022年11月05日

鉄道について想う

鉄道150年

    

かつて鉄道で栄えた町に汽笛の音が響き渡ります。 かつて吉都線を走っていました蒸気機関車  C55 です。 現在、JR吉松駅には、多くの蒸気機関車の整備が行われ、吉松機関区があったことを小学生のころ聞いておりました。新聞によると1972年から約3年間吉都線や肥薩線で活躍していたとのことです。 先日、吉松駅に行き、蒸気機関車を見に行きました。

 

 


2022年10月08日

鉄道に想う

鉄道150年を今年迎え、新聞などでまたはJR九州の配信で知りました。 私は鉄道は好きなのですが、なかなか乗車することがなくなりました。 新聞記事やJRの配信を見ると乗ってみたいと思います。新聞の記事などをもとにいろいろと書いてみたいと思います。

新聞にえびの駅など載ってましたので、えびの駅に行ってみました。

木造の駅で大正時代に開通した吉都線。田んぼが広がる盆地にあるえびの駅。 当初は、加久藤駅駅と呼ばれてたとのこと。 吉都線で唯一残っている木造駅とのことです。


2022年09月18日

救世主教について想う

2.救世主教の成り立ち(教団の歩み)

【『入信の書』『信徒の手引き』より作成しました】

  • 救世主教は昭和三十一年(1956年)七月、神の啓示を受けられた牧喜之助師によって開かれました(私たちは牧喜之助師を「開祖」と申し上げています)。大分県別府市に教団本部を置き御神業が始められ、翌三十二年(1957年)には国の行政機関である文化庁(当時の文部省)に正式に認証されました。2022年7月時点において、開教六十六年の歴史を有する宗教法人です。
  • 私たちが「救世主様」ともお呼びしている開祖・牧喜之助師は、かつては実業家として大阪でご活躍され、功成り名遂げられた方でした。しかし、家庭的には恵まれず、四人の子供を二人は幼少のうちに、二人は成人後に相次いで失われ、親としての悲哀を深く味合われました。また、実業家として多くの従業員を雇用され景気変動の激しい時代に幾多の困難を切り抜けて行く過程で色々な苦しみを体験されました。その間、道徳や仏教、神道等を研究され、「人間はいかに生きるべきか」という万人共通の問題に取り組まれたのです。ところが昭和二十九年(1954年)開祖は突如として「九州の地において救世主教を開け」との神の啓示を受けられました。主神の啓示は繰り返し示されたことから、ついに一大決心をされ、昭和三十一年(1956年)に九州においでになり、別府に本拠を定めて救世教を開かれたのです。
  • 救世主教の教えの中核をなすものは「すべて森羅万象は、大光明主神の目に見えない御経綸によって生成化育が行われており、そこには主神の御神意(みこころ)と審判が絶えず働いている」ということです。そして開祖は、この主神のみこころと審判を洗霊と言魂の御神業によって示されました。また開祖は、「感謝・素直・真実」という人間にとって最も価値のある根源的なものを鋭く、また厳しく教えられました。
  • 開祖の遺された御教え(みおしえ)を「御聖言」と呼んでいますが、その中からみおしえの真髄を示す短文をいくつか紹介いたします。

・神の大愛と恩恵から離れて 現世に生きることは不可能である

・人間は自分の想念が綺麗に生まれ変われば、神はいかようにも育てて下さる

・人間の運命は 想念次第で天国にも地獄にも行く

・感謝の想念に勇気が生まれ 素直性に忍耐の力が与えられる

・人間の尊厳とは生命にあり。神を視るによって燦然と輝く

・苦を逃れようとする想念は 苦に対して無力となる

・いったん悪い状態が現れることは 良くなるための調和である

・神は子供を使われる。神は子供を愛される

・人生に明るい希望と楽しい自由と美しい平和。これが真の文明である

  • 開祖は五年間の御神業の後、昭和三十六年(1961年)十月六日ご昇天されました。このときをもって開祖は主神と一体となられ、救世主として私たち神徒を見守ってくださっていると信じています。開祖はご昇天の間際に「現世に日月地の神世が誕生した」と御宣言になられました。私たちはその神世の住人となるべく、救世賜命に励んでいます。

 


2022年04月01日

春季研修会

春季研修会がありました。ハッピーさん、なでしこ会、ふれあい会の合同です。

まず最初に全員で「御玉串奉典」の作法を習い、2人1組で練習をしました。一つ一つの手順を確認しながらの練習でした。なかなか実践することはないですが、しっかりと覚えておこうと思いました。その後は、それぞれ雛段飾りのお片付けと、窓拭きの清掃に取りかかりました。奉仕活動です。

奉仕というのは、人の為に尽くすという意味です。救世主教も同じです。他の為になす。先祖を救う。因縁解消。清掃をするとキレイになります。自分の想念(心)も清々しくなります。浄想念。霊と体は繋がっているのです。一仕事終えて、みんなで昼食会。

桜の木の下でお花見の予定でしたが残念ながら雨で中止。それでもみんなでワイワイ言いながらの食事は楽しいでした。 ご馳走様でした。

  

 


2022年01月01日

新年大祭が行われました。

令和4年1月1日に鹿児島教会にて新年大祭が行われました。

元旦ですが、寒い中多くの神徒さんが参拝されました。

一人ひとり、心の中に思いを寄せて、今年は、こうありたいと思いつつ参拝されたと思います。

この一年、健康であり、幸せであること祈りたいと思います。

参拝終了後、一年のみこころ、そして、千本釣りをみなさんされて帰られました。楽しそうでした。


2022年01月01日

新年明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。

今年は、天気に恵まれて初日の出を見に行かれた方も多いと思います。

今年一年、しっかりと目標をもって頑張っていきましょう。


2021年12月31日

新年を迎える。

12月29日は、神徒さんたちの協力奉仕にて、新年を迎える準備および清掃の作業をいたしました。

         

献饌の準備、他丑年から寅年へと。2021年12月31日も暮れようとしております。みなさんはこの一年どうだったでしょうか。また、2022年を希望を持って、目標をもって新たな決意をもって新年を迎えることと思います。

    

あと、数時間で、2022年を迎えます。新年、明けましておめでとうございます。


2021年10月13日

菊花開

10月13日は七十二候(72の季節)の一つ「菊花開きくのはなひらく」です。

「菊花開」とは、暦の上では菊の花が鮮やかに咲く頃ということです。また、今の季節の秋晴れのことを、「菊日和」「菊晴れ」とも言ったりするそうです。

菊といえば「重陽の節句」もあります。旧暦9月9日です。新暦だと今年は10月14日です。菊の花を飾ったり、菊酒を飲んだりして不老長寿を願う行事です。旧暦の9月では菊が咲かないため忘れがちな行事になってしまってるようです。私も知りませんでした。

「菊花開」の季節になってきたので、各地で菊の展示や菊まつり、品評会が行われます。ちなみに鹿児島市の仙巌園は11月の予定のようです。菊の原産地は中国、3000年以上前に遡ります。中国では神聖な力を持つ薬として珍重されていました。菊の花言葉は「高貴」。日本には平安時代に伝わってきました。桓武天皇の菊の俳句があります。

「このごろの しぐれの雨に 菊の花 散りぞしぬべきあたらその香を」。(この頃の時雨の雨に菊の花が散ってしまいそうだ。悲しいことに香りも消えてしまうのだろう)。という意味のようです。この時代、菊の花は貴重だったのでしょう。

菊の花は昔から人々に愛されてきました。今では、菊の種類も数多くあります。洋菊と和菊、大菊から小菊、色も様々。仏壇に供える菊、鑑賞用の菊、食用菊などなど。平安時代に始まり現在まで広く長く伝わってきたんですね。感慨深いです。せっかくなので今日は菊の花を飾りたいなと思います。

神様へのお供え物は、「 節供 」、区切りという意味での「 節句 」、物事の区切りは「 節目 」、愈々、10月17日は、御聖誕60周年記念祝典です。60年という節目を迎えて、令和4年教年度の始まりとなります。