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いろんなお話

2022年07月05日

体調不良

梅雨入りしてから本格的に体調不良です。 交通事故に2度あって、2度目は軽トラに轢かれました。幸いにして体や骨に異常はなかったものの、この時季になると「むち打ち」の症状が出て大変です。

肩、背中、首の凝りと痺れ。吐き気。頭痛。 そして元々もっている血行不良。両方が重なると特にキツく大変です。 こんな時こそ自分の心(想念)を良い方向にもっていかなければならないのに、体調が悪いと想念も沈んでしまっています。 やらなければならないこと、考えないといけないこと、後回しになってしまい焦ります。

健康であることが一番だと改めて思います。 健康には遠いけれど、体調の良い日があるように食生活には気をつけるようにしています。 酢・野菜・ヤクルトは欠かせません。 後もう少しで梅雨明けでしょう。 もうちょっとの我慢です。 少しずつ体と心を整えなければと思っています。

規則正しい生活、自律神経を整える。沈んだ心(想念)を奮い立て、御賜命に仕えられるよう上昇していこうと思います。

 


2022年06月24日

心の再生  3

義兄は精神病と30年ほど付き合っています。 長男という責任、親の期待。重圧だっただろうと思います。 公務員だった義兄は「鬱病」がひどくなり1年ほど入院、そして職場復帰することなく退職しました。

40過ぎくらいでした。本人は社会復帰を考えていましたが義母が大反対。40になっても50になっても色んなことに口を出していました。 義兄と会うと、義兄が悪い意味で変わっていくのがわかりました。

薬の副作用です。口が渇くので口をモゴモゴ。 目が死んでいるようで怖かったです。 笑顔もなくなる、怒りっぽい。 考える力も段々と乏しくなっていっているような気さえしてました。

「薬の量や薬自体を止めることは出来ないのですか」と尋ねたことがあるくらいです。医師の言葉は絶対なので今も服用しています。 6年くらい前に義母が入院しました。 お見舞いに行った時に義兄に会いました。 手が震えていて自分の意思で止めることが出来ません。 その姿を見て思うことがあったのでしょう。 義母が「兄ちゃんは、これで良かったのだろうか」と私に聞きました。「良いわけないだろう」「今頃気づくことか」と内心思いました。

「私には、わかりません」と答えました。 親として息子の人生をどう考えていたのかわかりません。 ただ一つだけわかります。最期の最期まで息子のことが心配だっただろうと。義母の死から義兄は良い方向に変わりました。

つづく

 


2022年06月20日

稲羽の白兎

鳥取には、一度行ったことがあります。息子の陸上競技大会に出場のため行きました。 なにせ、熊本地震があった日で、鹿児島から鳥取市まで14時間かかり、観光などできなかったです。帰りは、息子の陸上の試合が終わったらすぐに帰りました。地震の影響で通行止めや渋滞を思ったからで、全くの日帰り状態。   鳥取と言えば、日本神話の稲羽の白兎を思い出されます。

大国主命が兄弟の神々と稲羽の国に出かけたときのことです。 気多の岬までくると、そこに赤裸になった兎が泣いていました。 そこで兄弟の神々は、海水を浴び、風にあたればすぐに直ると教えました。 兎は言われた通りにすると、もうたまりません。 潮水が乾くにつれ傷がヒリヒリと痛んできました。 そこに遅れて、大国主命が大きな荷物を背負ってやってきました。 命は兎を見ると理由を尋ねました。 兎は淤岐島に住み、長い間この国に渡りたいと思っていました。 ある日、サメが泳いでいる姿を見て、サメの背中を跳んで陸に渡ろうと考えました。 そこで仲間の数比べをしようとサメをだまし、仲間を集めさせました。 そして島から陸まで一列に並べさすと、兎は背中を跳びながらその数を数え始めました。

もう一息のところで、だまされたことを知ったサメは大きな口を開いて兎にかみつきました。 そのため兎は皮をはがれて、赤裸になってしまいました。 理由を聞いた命は、やさしく兎に教えました。 いわれた通りに兎は川の水で身体を洗い、ガマの穂を集めてその上をころげ回りました。すると不思議なことに、もとの白い毛が生えてきました。

稲羽の白兎は、古事記の中でも代表的な話で、因幡国風土記にも収録されています。 単なる物語としてではなく、傷病に対する療法について記されているとも言われています。 大国主神は、須佐之男命の娘の須勢理毘売と結ばれ、その後、少名毘古那神と共に国造りをします。

白兎神社がや白兎海岸があります。神社には、鳥居をくぐってしばらく歩くと、白兎が体を洗ったと伝えられる周囲80メートルの池もあるそうです。 神話の本を片手に。 訪問したいものですね。


単身赴任してます。

単身赴任をはじめて3年が過ぎました。初めのころは家事に追われる毎日でしたが、今では掃除・洗濯・食事など、結構できるようになりました(結婚して25年、これまで妻に任せてばっかりだった自分を反省してます)。

特に食事はほぼ毎食手作りです。毎朝弁当も作ってます。肉・魚・野菜など気を付けてバランスよく摂っているつもりでしたが、昨年の健康診断で“高血圧&糖尿病”と言われてしまいました。30年以上毎年健康診断を受けていて初めてのことで、病院へ行ったら、「糖尿病なんて、食生活が悪ければ3か月でなっちゃいますよ。薬を飲めば大丈夫!」と言われてしまいました。薬は一度はじめるとずっと続くことになるしどんどん増えていくから嫌でしたので、「今までどうもなかったのだから投薬治療は1年待ってください」とお願いしました。食事は結構バランスよく摂っていたし週末は必ず運動もしていたのになぜ?と考えたとき、食事は毎食腹いっぱい食べてたし(1人前作るのは結構難しくて、多めに作ってしまい残さずに食べていたし)、ほぼ毎日お菓子と果物を食べていたことに気づきました。単身赴任だとだれも止める人はいないし、結構自由なので好き勝手に食べていたような。。。 

            

妻に相談したところ、「最近、娘がダイエット目的で携帯のアプリを使って食事のカロリーコントロールをしているみたい」とのこと。早速娘にアプリを教えてもらい、食事のカロリーコントロールを実行。一番びっくりしたのは毎日食べていたご飯(米)の量。“ごはん100gってこんだけ!?”って感じでした。お菓子類も一切食べないようにしました(ポテトチップスやケーキ 大好きだったのに!)。最初のころは結構きつかったのですが、“絶対に糖尿病を克服してやる”との強い信念で頑張りました。1か月もしないうちに体重がどんどん下がっていき、毎日体重測定をしては一喜一憂(60歳手前のおじさんが。。。)。効果が目に見えると頑張る気力も湧いてきて結構楽しくなりました。買い物に行っては食材のカロリー表示を見ては戻したり、低カロリー品であれば何個も買ったり、周りから見たら変なおじさんだったかも。約10か月頑張りました! 体重も9kg減達成!

そして今年の5月の健康診断結果、血圧も血糖値(&HA1c)も正常値となりました!!結果をもらった日は、ケーキや大好きだったお菓子を買ってお祝いしましたが、食べながらカロリーを気にしている自分に思わず笑ってしまいました。その後も体重を維持すべくカロリーコントロールは継続していますが、結構楽しく生活できています。お菓子も適度に食べてますし。ただ、困ったことが1つ。瘦せてしまってズボンがぶかぶかになってしまい、今年の夏服(特にズボン)は買い替えになってしまいました。。。

長寿社会、ただ長生きするのではなく健康寿命を延ばすことが大切です。ストレスをためないよう、好きなものも食べながら運動もして、元気な体と心で長生きしたいものですね。 カロリーを簡単に計算できるなど、便利な世の中になった。


2022年06月16日

心の再生  2

義母と関わることを減らしていきました。ストレスを溜める生活は病気の元だと。  しかし、正月は会わないわけにはいかないので元旦に家族4人で行きました。 義母は歳をとるにつれ足腰が弱くなっていました。

「痛い、痛い」と大声で言います。 おそらく優しくしてほしかったのでしょう。 孫に「おばあちゃん大丈夫?」などと声をかけてもらいたかったと思います。 でも皆んな黙ったまま。優しい言葉の一つもかけられません。 かけることが出来ないのです。 そのうち「この痛みは自分しかわからないんだ」と大声で怒りながら言っていました。

人間というのは優しくされたら、自分も同じように優しく出来ると思うのです。  嫌味、皮肉、当てつけを言うような人には優しく出来ないのです。 神仰的に考えれば、義母は心が病んでいたのかもしれません。 義母の姿は私自身だったのかもと。

弱者に寄り添うことは大事だと思っています。 病気のことや痛み苦しみは解らずとも、励ましたり元気づけることは出来ると思うのです。 この義母の生き方をみて私は気づきました。

この1年話題にすら出なかった義母。 とてつもなく嫌なことしか浮かびません。でも嫌な思い出は捨てたいと考えてます。 自分の心が醜くなってしまいます。 義母も成仏できないでしょう。これから私は清々しい心と、気持ちで生きていきたいです。この義母が亡くなった影響で、精神を患う義兄が大きく変わりました。

つづく


2022年06月09日

心の再生 1

昨年義母が亡くなり今年で1年。 我が家で、義母で祖母の話題は一切出ません。 子供達にとっては祖母ですが口にしません。 精神を患う独身の義兄は、義母と65年一緒に生活してましたが話題にすることはありません。

義母は自己中心で、思ったことを何でも口にする人でした。 自分の思うようにいかないと機嫌が悪くなり怒る人でした。 私にとって嫌な思い出しかありません。 私は若い頃から体が弱かったので、結婚当初から責めるような言葉を言われてきました。 娘も私に似たのか丈夫ではなかったので同じように言われていました。

「どうするの?そんな体で」 「まだ若いのに病気ばかりで」 「何で、そんなに体が弱いんだろうか」など。 私はストレスが溜まり、新たに病気が増えていきました。 食べることが好きなのに食べられなくなりました。 体重が15kg減り死ぬんじゃないかと考えるほど。 胃に穴があいていました。 何度胃潰瘍になったことか。

主人は私に「お袋と関わらなくていい」と言ってくれました。 この頃から義母との関わり方を変えていきました。 極力関わらないと。 当時は神(信)仰をしていなかったので、会わない方法ばかり考えていました。 でも、今ならわかります。

縁あって義理の親子になったわけだから、もう少し相手を思いやる気持ちが必要だったのかもしれません。 お互いが「自分が、自分が」を通しすぎて疎遠になっていったような気がします。

つづく


2022年06月06日

6月のみこころ

救世主様は、素直は(人と)『 比べるもの 』ではない。内面に宿して霊智をいただくと仰せられています。 素直とは、いつでも、どんなものでも受け入れる大きな器であり、正直であり、真っ直ぐであるということです。

    

素直になると、毎日の生活の中でのこだわりがなくなり、おおらかな想念になることができます。 素直がたくさん入っている想念で神の心をうつしていきましょう。

素直な心とは、~ 自らの至らなさを認めて、そこから惜しまず努力する謙虚な姿勢のことです。 人の意見をよく聞き大きな耳 自分自身を見つめる 真摯な目 それらの身に備えて絶えず働かせることです。

    

鹿児島教会 掲示板より


2022年05月29日

和して同ぜず。

最近嫌なことがありました。 人の悪口、陰口、いじめ。うんざりします。 大の大人が大人をいじめる。 いろいろな社会、学校、職場、地域、信(神)仰をしている人でさえ普通にあることだと思います。 心(想念)が曇っています。

「うらみ・つらみ・ねたみ・そねみ・いやみ・ひがみ・やっかみ」以上の七味を持ってはいけません。 睦・・どんな社会でも睦むことが出来るといいと思います。 しかし、上っ面だけで仲し。人間関係の構築は想像以上に大変。

「理解力」「共感力」「伝える力」「寛容力」難しいことです。 嫌な想いをすると自分自身も「怒る」「許せない」などと嫌な人間になる。そんな時は「なんだ、私も一緒じゃん」と反省。

心(想念)と霊性が低くなってしまうことに気づきます。 友人に「なぜ人間関係が悪くなることがあるんだろうか」と聞かれました。悪い人に縁すればストレスが溜まりいざこざがある。 良い人に縁するとストレスが溜まるどころか良い意味でプラスと答えました。良い人に縁出来る自分でありたいと思います。

「和して同ぜず」・・誰とでも協調するが、道理にはずれたことには同調しない。主体性を持って人と付き合う。 そういうことが大事なのかなと考えます。 そしてお互いを尊重、お互いを認め合う。 そういう社会なら生きやすいと思うし、共有できる社会ならば嫌な想いをする人が減るのに、とも思います。 こんな時に私は神(信)仰をしていて良かったと思うのです。 以前はグダグダ悩んでいました。 今は気持ちの転換が早いです。 反省・改心・想念の転換です。 神仰は あらゆる面で私の心のバロメーターです。

救世主様 ありがとうございます。

 

 


2022年05月22日

コロナ渦3年目に想う。

世界を襲ったコロナ禍も三年目、当初は得体の知れない恐ろしい病気でしたが、ワクチン接種も進み、だいぶ付き合い方に慣れてきた感じがします。今年のGWはコロナ発生後、初めて色々な規制が緩和され、関東地方では高速道路は大渋滞、観光地はどこも混雑して賑わっていたようです。

さて、コロナ禍で私のサラリーマン生活も大きく変わりました。コロナの影響で仕事を失った方も多くいらっしゃる中、仕事を継続できることにまず感謝をしなければならないのですが、最大の変化は「在宅勤務」の定着でした。私の場合、通勤時間が往復で2時間半かかります。コロナ前は毎日、早朝から満員電車に揺られて通勤していましたが、コロナ禍で「在宅勤務」が本格的に導入され、この長時間の満員電車通勤と慢性的な寝不足状態のストレスから開放されたのです。40年近いサラリーマン生活で初めての経験で、まさか自宅で朝ドラを見られる日が来るとは思っていませんでした。

「在宅勤務」で本当に仕事が出来るのか、当初は疑問の声もありましたが、PCを使ったWeb会議の導入等により、意外と効率的に仕事が出来ることがわかりました。もちろんお客さんと重要な商談をしたり、契約書にハンコを押したり、新入社員を手取り足取り指導したりと、在宅勤務では難しい仕事もありますが、少なくとも事務的な仕事や社内会議の多くは在宅勤務でも対応できることが分かりました。

他方、緊急事態宣言で在宅勤務が長期化した後、久しぶりに会社に行って感じたことは「コミュニケーションの大切さ」でした。コロナ前は顔を合わせることが当たり前で、時には同僚とコミュニケーションを取ることが面倒に感じるような時もありましたが、在宅勤務中心の生活になってしまうと、どうしても会話する機会が減ってしまいます。仕事は一人でできるものもありますが、基本は「協働作業」です。Webでも対応できる部分は多いと思いますが、真に心の通った人間関係を構築する上では、直接コミュニケーションを取ることが大切なのだと改めて感じました。

Webを駆使した在宅勤務は、通勤ストレスの開放、遠隔地同士でも仕事ができる等、便利で効率的な点が多く、導入する価値は高いと思いますが、在宅勤務のみに頼るのでなく、出社して直接コミュニケーションを取ることとバランス良く組み合わせていくことが大切なのではないかと感じています。

コロナ禍で神仰活動も大きな影響を受けました。ソーシャル・ディスタンス等、様々な制約の中で、変わらない(変えてはいけない)絶対的に普遍的なものがある一方、ひょっとすると変えることを考えても良いことがあるかもしれません。また、その変化は結果的に失敗に終わるかもしれませんが、失敗によって大事なことが見えてくるかもしれません。

コロナ禍という前代未聞の時代変化の中、神仰においても大切なものは守りながら、でも変わること、変えていくことを恐れるのでなく、変化に挑戦していく気持ちが大切なのかもしれないと漠然と感じている今日この頃です。


2022年05月19日

私を救ってくれた先輩

私の大好きな先輩が先月末から体調を崩しています。 今も療養中ですが、あまり良い状態ではないようです。 体調が悪いと心も元気じゃなくなります。 つい3週間前までは元気に見えましたが空元気だったのかもしれないです。 私は先輩に何度も救われてきました。 私は膵臓がん=死という恐怖を抱えていました。 自分一人で抱えていたので普通に普通にしていました。 私がそんな恐怖を抱えているなんて誰も思わないです。 だからこそ彼女の笑顔、笑い声は恐怖を和らげてくれました。笑い声を「うるさい」と言う人もいるようですが私は愉しかったのです。

私を救ってくれたのに、私は何も出来ません。 本当に申し訳ないけれど無力なのです。ごめんなさいとしか言えません。 病気の痛みはわかりません。 でも不安、苦しみ、悲しみ、恐怖は誰よりもわかります。 神(救世主)様は乗り越えられる苦しか与えないと思います。 そう信じたいです。 体が治ることもですが、心(想念)が元気になってほしいと切に願うばかりです。

毎日お祈りします。