2025年01月23日
1月2回目の掲示板です。 巳年です。 今年も頑張りましょう。
巳年に起きたことも掲載しております。資料を集めているといろんなことが起きていました。変われる年なのかもしれませんね。
2025年01月23日
1月2回目の掲示板です。 巳年です。 今年も頑張りましょう。
巳年に起きたことも掲載しております。資料を集めているといろんなことが起きていました。変われる年なのかもしれませんね。
2024年12月29日
1月版の鹿児島教会掲示板です。 早いですけど、明けましておめでとうございます。 この一年皆さま方、健康でありますように祈っております。
今年は巳年です。 この一年、頑張りましょう。
2024年12月01日
本日、12月1日 大祭が行われました。 それに合して、掲示板も12月号に変えました。
師走、あわただしい日が続きますが、皆さん、気を付けて毎日を過ごしてください。
12月は、忙しくなります。 健康でありますように。
2024年11月10日
* 時の事と言とにみせられる神の自動操作
救世主様は、” 主神は時の御経綸を進めるに、神々と神々の代行者として人をも使われるのである。 神の代行者として使われることは惟神の御神命であって、これを神の自動操作 ” とおおせられました。神は、みこころを顕現されるのに、” 時と事 ” をもってお視せになります。 神は、御想念を人の想念と言魂をとおし ” 言 ” をもってお示しになります。 神の時の御経綸に、人が代行を赦される所以はここにありました。 惟神は神の自動操作をいいますから、救世の御神命である救世賜命は、この惟神に基づいてお使いしているのです。 救世賜命にお使いすることは、みこころのままに、時と事と言とにみせられる神の自動操作をいただくことでありました。
* 神赦しと神救いは神の自動操作
神の自動操作を受けることは、神のみこころにかなって、使っていただくことですから、これは ” 神赦し ” です。 神赦しをいただけば、神は体主の因縁を祖霊と共に審判され、” 神救い ” をくださるのです。 想念と言魂、そして洗霊による救いの御神命を実践していくことは、霊性の向上となり、祖霊と共に救われていく神赦しと神救いです。 神赦しと神救いは、神の自動操作でありました。 救世主様は、” 御賜命は、惟神の宿命である ”と仰せられました。 神が定められた御賜命にお使いすることは、この世に生まれてきた目的です。 救世主様は、人生の目的である御賜命にお使いすることは、霊性向上の実践であり、霊魂が救われていく道である、と御開明くださいました。
* 御賜命にいただく神の自動操作
御神命である御賜命に、惟神に従っていくことは、生まれながらの宿命にいきることであって、人としての生き方です。 神が定められた宿命である御賜命のもと、日々の努力と想念のあり方次第で、運命はかえられていきます。 みこころのままに、神の自動操作を受けて、最善の運を人生のうえに開けていきたいものです。 救いの想念によって高められる霊智と真実になれば、神の自動操作をいただいくことができます。 霊智は、神の自動操作を受ける受信器となります。 真実は、神の自動操作を発する発神器となります。 人としての賜命と本命に目覚めれば、神の自動操作がはじまります。
* 日月地の神世へと誘(いざな)う神の自動操作
救世主様は、” 現界におこりくるすべての事象は、霊界の真相と実相が移されてきたことである。 姿形に写されることは、神の自動操作によるものである ” と仰せられました。 神幽界の仕組みを視り、現界の役目を識って、霊性を高めて、神のみこころのままに自動操作をいただきたいものです。 神の自動操作は、時の御経綸にそそがれる惟神の神業です。 神の自動操作は霊魂が救われていく導きなのです。 それは、因縁の神赦しと神救いをいただくことになるのです。 神の自動操作は、日月地の神世へと誘うみこころでありました。 霊智をいただき真実なって、新しき生命をいただけば、神は自動操作されて日月地の神世へと導いてくださいます。
2024年11月09日
* 神の自動操作は、神業である。 時の経綸は、神の自動操作による。 惟神に、霊界の実相が現界に事象として移されてくるのである。 惟神は、神の自動操作をいうのである。
* 神の定められた賜命は惟神の御神命であり、それは宿命である。 宿命には、神の自動操作がおこなわれていくのである。 本命で神の力に結ばれれば、神の自動操作がはじまるのである。 御賜命は、神の御守護によって自動操作されていくのである。
* 救世の神は、言魂と洗霊の神業で神の自動操作を開始された。 神の自動操作は、相愛の想念と救いの言魂を通じて行われる。 神の自動操作である想念と言魂と洗霊の救いの業によって、新しき人間性が化育されていくのである。
* 神は、子どもを使われる。 人は、神との関係において、みな子どもであるから、霊智をいただく人を、神は自動操作されるのである。 霊智と真実は、神の自動操作をいただく器である。
2024年09月22日
* 神幽現三界の創造 創造根源の主神(今や御一体となられた救世主様)は、愛と力のみこころをもって霊と体の世界を創られました。 霊の世界は神界と幽界に分けられ、体の世界は現界とされました。 神界には真相を生む役割を委ねられて、幽界には実相と成る賜命を授けられました。 現界には神幽界の真実相を化育して、象形(かたち)にあらわす役目を与えられたのでした。 神界は、神々の居ますところとなりました。 幽界は、霊魂(たましい)の安まるところとなりました。 現界は、霊魂向上の修行の場となりました。 救世主様は、この神事を”神幽現の主形”と仰せられ、神幽現三界にわたる神のお仕組みである”生成化育”を開かされたのでした。
* 人の賜命 神・救世主様は、人の想念と言魂とを授けになられました。 そして、智情意による五常と五情の想念を与えられました。 さらに、神の御経綸の代行ができる霊性をも赦されました。 人の霊魂には、霊界と現界とにわたって生きる徃き方を赦されました。 人には霊魂が止まるから, ” 霊止(ひと)” といいます。 救世主様は、時の御経綸を太初の昔から悠久の未来へと進められています。 その過程において、御自らつかさどる時期と、神々に任せる時期と、そして人に賜命を与える時期をお仕組みになられました。 時がいたりきて、救世主様が自ら地上の御経綸をされる時となりました。 それは、救世主様の御想念である、日月地の神世を創造されんがためであったのです。
* 創造の神理に生きる 創造の神理に生かされて生きるには、物と事の体主から想念と言魂を中真にする、霊主にかかわることです。 ”霊性に目覚める”のが、創造の神理です。 不要なもの、不純なものを滅していく浄化をいただくことです。 浄化は善くなるための調和であり、生きる力となります。”浄化をいただく”のが、創造の神理です。 原因は結果を導き、結果は、次の原因となる神の律法を視ることです。 原因は結果を導き、結果は、次の原因となる神の律法を視ることです。 原因を霊主体従の法則に照らしていけば、結果は創造となるのです。” 結果にみせられる ” のが、創造の神理です。 霊性を高めて、利己心を捨て、利己心を捨て、利他心と感謝の想念になることです。” 感謝の想念 ” となるのが、創造の神理です。
* 利他・調和・感謝 自然界にみせられることは、新しき時へと移りいく修復浄化の型ですから、未来に希望をもちたいものです。 物の文明である体主の世界から、神の文明である霊主の世界に転換していくのが、時の仕組みであり、時の御経綸です。 来たらんとする神の文明は、霊性が向上すれば、光明と希望と歓びに満ちたものとなるのです。 物質文明に代わる霊主体従の霊性文明は、日月地の神世です。 日月地の神世創造の時に生きるには、” 利他愛 ” の想念で生きることです。 “ 共生 ” と ” 協調 ” を心がけて、” 自然を大切に ” して生きることです。 神と祖霊に護られていることを視り、” 感謝の想念 ”で生きることです。