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生きる喜び 3

2022年05月12日

生きる喜び 3

3年目の春も現状維持。「まぁ、こんなものか」と内心思いながら帰路に。 4月になって私の置かれている環境に変化。 神仰のお勉強が好きなだけ出来る環境になりました。 もちろん布教も大事な神事です。 しかし教えが頭にない私にはお勉強が出来ることは喜びでした。

救世主教の真髄を聞く、視ることは愉しいことです。 まずは神のみこころにそうこと。神の目から見て正しい行い、考えにそうことが大事ということ。 神の律法です。 そして、浄想念(そうねんをきよめる)の言魂を戴きました。

3年目の2回目の検査。 いつも通りの検査が終わり医師からの説明。 毎回ドキドキして血圧が上がっている気がします。 「消えるかもしれない」と言われました。 細かい説明もありませんでした。 普通なら質問するのですが意表を突かれ唖然となってしまいました。 診察室を後にしてから、いろいろなことが頭の中を駆け巡ります。

「確か100%の悪性だったはず。いや、100%がん化するんだったよな」と。 まだ喜べない。完全に消えるまでは。 でも奇跡的に消えることがあると捉えました。 この頃は御賜命に一生懸命でした。 賜命に仕えることが愉しくあり、生きている実感、生きる喜びを日々感じていました。

救世主様は命をくださるわけではありません。 救世主様は病気を治してくださるわけではありません。 しかし、私に生きる力、生きる喜び、生きる術、光明と希望を与えて下さいました。    願い(念い)を持ちつづけ、賜命にお仕えして御守護を賜る。 そのことをお勉強していく中で気づきました。   4年目には少しだけ強くなった自分がいました。