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神の秘命  神の秘命を視る

2024年02月02日

神の秘命  神の秘命を視る

* 時のみこころを明かす

救世主様は、” すべては神のみこころによって存在させられている ”と仰せられました。 森羅万象は神の芸術であることが、このことからもわかります。 救世主様の御神業によって、神秘は神のみこころであり、時に秘められてきた真相であり、時くるまで神の扉の奥に秘められた賜命であったことを、私たちは視ることができます。時の真相を開けて明かされるのが、救世主様の神業です。 救世主様は、これを” 時のみこころを明かす ”と仰せられて、大光明主の御顕現や救世主の御降臨が、時の御経綸であることをお開かしになられたのです。 根源神・日月地大御神様は、この土に天降らせ給い大光明主神と現じ、常立神と化し、救世主と成らせたのです。

*赦されて救われていく

救世主様は、” 神の秘命を視る時となった ”と仰せられました。 救世主様は、言魂と洗霊の御神業をとおして、人の世の邪道を滅し、魂の世の因縁を清め、神幽現三界の大念願である日月地の神世を創られるのです。 夜の世界においては、神が秘められた賜命は閉ざされて視ることができなかった、まさに神秘でした。 しかし今や、昼の世界となり、神の秘めた賜命は、開けられたのです。 神秘であった神の秘命は、時の大神業であったのです。 言魂と洗霊による日月地の神世の創造が、神の秘められてきた人への賜命、すなわち神の秘命なのです。 神の秘められた賜命(秘命)は、祖霊と共に日月地の神世に赦されることであり、救われることなのです。

*秘命に応える御神業

言魂と洗霊の御神業をとおして、( 神のみこころであり秘命である )神の審判にお使いすることが御神業です。 秘命である神の審判は、創造と破壊を表裏にして、調和へと導くことをいいます。 大自然にみせられることは、創造と破壊による調和の姿です。 正邪を立て分けて、改心によって救いあげることをいいます。 邪や悪を咎めるのではなく、正や善に掬いあげることなのです。 夜の世界につくった因縁の神赦しをいただくことをいいます。 体主の因縁は、清算され霊主の因縁が清産されていくのです。 言魂と洗霊によって、至善の浄化をいただくことをいいます。 神がくださる浄化は、善にいたらしめる神の御守護なのです。

*時に秘められた秘命

救世主様のなさいます審判は、捌きや懲罰ではありません。 救世主様の審判は、救いであり、守護であって、賜命への誘いです。 それは、愛と力のみこころです。 時いたるまで秘められた、神の秘命であったのです。 神の秘命である審判をいただくことは、日月地の神世に赦されていくことですから、審判は歓びです。 歓喜でいただく神の審判への対応の仕方は、想念と言魂と洗霊と、その実践にあります。 想念を結び言魂を求めて、洗霊をいただき救いの実践にお使いすることです。 神が時に秘められた賜命である神の秘命は、御賜命にお使いして御守護をいただくお赦しであり、お救いであるのです。