2022年08月21日
救いの体験を通して感謝になれて 2
私は、一時期、富山にいました。その時自分の都合で新年の大祭にゆるされませんでした。 すると、その月の給料日、コンビニで買い物をして車に戻ると給料袋ごとなくなっていました。 車に鍵もかけず安易にしていた自分を反省しましたが、後の祭りでした。 大事な大祭に参拝しなかったため、お気付けをいただいたのだと痛感しました。 そんな私を周りの人たちがいろいろと助けてくれ、これも、救世主様のお陰と感謝させていただきました。
また、ある一人の女の子と仲良くなりました。 一月にいったん鹿児島に帰ることが決まったとき、その子も参拝させたくなり、信仰していることを話しました。 その子にだけは自然に話せることに、自分でも驚きました。 その子の家庭環境は、複雑で、過去に尋常でないこともたくさん経験しており、そういう話をするたびに、「 この子を救いたい 」 という気持ちが大きくなっていきました。 その子は以前、宗教で嫌な思いをしており、私が神仰の話をしたときも最初は微妙な反応をしましたが、「 あなたのことは信用できるから 」 と、いっしょに鹿児島にいくことを約束してくれ、入信をおゆるしいただきました。 そして、 七月からその子は鹿児島にくることになっていました。 ところが、彼女に大きな浄化があり精神的にまいって 「 死にたい 」というようになり、私に、「 迎えにきて 」と言うようになりました。 私はとても迷いましたが、母親の言葉に背中を押され次の日、名古屋までいきました。 話し合いましたが徒労に終わってしまい、振り回されている自分にとてもショックを受けました。 つづく