2026年02月24日
一日(ひとひ)の生命 一日の生命をいただく
* 生命と時
救世主様は、”すべては、時である。 時は、生命である。 時は、運命である”と仰せられました。 時を視ることは、生命を視ることです。 生命を視ることは、運命を視ることです。 一日の時を視り、一日の生命をいただき、一日の運命に生きたいものです。 人生は、”一日の生命”の積みかさねですから、一日の生命を求めることは、生涯の生命を求めることに等しいのです。 一日の生命は、朝(あした)に神から生をいただきます。 朝に御賜命を誓って、夕に御守護を視ることは、一日の生命への感謝です。
* 一日の生命に懸ける
一日の生命をいただき、一生懸命に神業に使っていただきましょう。 一生懸命とは、「 🈩 」日の「 生 」命に「 懸 」ける賜「 命 」をいいます。 救世主様は、”一日の生命に、すべてを懸けたらよろしい。 明日も明後日も、一日の生命に、全部を懸けたらよろしい。 一日の生命にすべてを懸けられたら、これ以上の幸せはない。 一日の生命をいただき切れば、永遠の生命をいただいたことと同じである。”と仰せくだっさっています。 生命は賜命をいただき、時を視ることによって燦然(さんぜん)と輝いていきます。 神業に生きる一日の生命を、”新しき生命”といいます。人は一日に背負った賜命を一日に返していくことによって生かされています。 ” 賜命は生命 ” です。
* 生命は神からの借りもの
救世主様は、” 一生の大事とは、一日の生命のことである。 一日の生命と、その賜命が大事である。 ”と仰せられました。 日知日の生命の重みを視り、感謝の念を抱くことは、明日の生命力となります。 生命と賜命そして運命とは、おたがいに関係しあっています。 生命と賜命と運命の統一によって、霊魂(たましい」)の向上と救いは赦されていくのです。 生命は、(因縁解消の)賜命を果たすために、神から借りたものですから、因縁が清算されて生命の賜命がおわると、神にお返ししていくものです。 神は、賜命を果たすことによって因縁の内容いかんに問わず、神理(しんり)(愛と力)をもって清算され、神赦しをくださいます。 一日の生命を授けられ、神赦しと神救いをいただいて運命をかえていきましょう。
* 真実と賜命で一日の生命をいただく
一日の生命をいただくには、神の言魂と洗霊を歓びの想念で求めることです。 言魂は想念力を強めて、因縁を解消していく神の愛です。 洗霊は生命力を昂(あが)めて、因縁を清算していく神の力です。 言魂と洗霊をいただいて、変わり化わっていくことです。 真実に変わることによって、一日の生命の扉は開けられていきます。 真実に変わることは、前進であり成長であり、神赦しであって神救いです。 一日の生命とをいただいて、真実に変わらせていただきましょう。 真実に生まれかわれば、神は大きく使ってくださいます。 真実に変わることは、霊魂向上の姿であり、救われることを視りましょう。 救世主様が仰せられた” 一日の生命 ” とは、真実になって賜命をいただいて運命を変えていくことであり、因縁の解消を神赦しいただくことでありました。


