2020年04月11日
信仰する意味を視って(体験)
私は今年の4月、希望していた高校に入学することができました。中学の時とは生活のリズムもずいぶん変わりました。バスなどを利用して登校するのは、少し大人になったような気持ちになり、その間の友だちとのおしゃべりがとても楽しいです。
中学三年生で進路を決める時期に、まず私は高校を卒業した後、どうするかということから考えてみました。大学や専門学校への進学はまったく考えていなかったので、卒業後は就職すると決めていました。それならどこの高校がよいかということになり、就職率の良いと思う高校に決めたのでした。
中学での成績は、そんなに悪いほうではなかったので、担任の先生が面接のときに「本当にその高校でいいのか。普通科の高校へいき、進学してもっと自分を向上させ、選択を拡げるという考え方もあるよ。」といつもアドバイスをくださいました。しかし私の考えは変わらず、逆に、「自分は、一生懸命考えたのに、なぜそんなことを言うのだろう」と不思議に思い、素直に考えることができませんでした。
受験勉強は、他の人のように必死になってしなかったように思います。それでもやはり、受験日が近づくと不安になり、母に言われて参拝や御守護お願いをしたりしました。そのためか、受験当日は落ち着いて試験に臨むことができました。母から「その時ばかりの参拝はいけないよ。」と言われていましたが、私の想念は神頼みの想念でした。 (次回に続きます。)